ポイント解説山代温泉情報

point-1山代温泉のおすすめポイント


北陸三県で最大級の温泉街を持つ山代温泉。  石川県においては、山代・山中・片山津という順序で温泉地が呼ばれている。

 由緒ある山代温泉には、"総湯"という共同浴場を中心に旅館や商店が建ち並ぶ  「湯の曲輪(ゆのがわ)」という街並み形態が残されている。

 古湯と呼ばれる温泉地では、本来このような街並みが形成されていたが、今なお、  はっきりとした形が残されているのは山代温泉のみと言われている。

 そんな歴史的町並みを活かし再生を図り、2009年8月に新しい"総湯"をオープン  させた。
 老舗旅館であった「旧吉野屋旅館」の門を活用するなど、その歴史を継承しつつ、  湯の曲輪の街並み景観との調和を図っている。  「誰もが快適に利用できる総湯」をコンセプトにした新たな"総湯"は、  加水しない良質で新鮮な温泉を提供している。

 さらに2010年秋には、現在の"総湯"跡地に、明治時代に建てられていた"総湯"  を復元し、外観や内装だけでなく、入浴方法など、当時の雰囲気を味わい、入浴  しながら温泉の歴史や文化が楽しめる「体験型温泉博物館」が誕生する。



 

point-2山代温泉の歴史


山代温泉は、1300年の歴史をもつ北陸の中でもっとも古い温泉地。

 高僧・行基が傷口を湧き水で癒す烏を見て、その湧き水は温泉だったことがわかり、  山代温泉の歴史が始まったという。   それ以来「からすの湯」と呼び親しまれてきた。
 
 平安時代末期には、現在、温泉地内に薬師如来が祀られている  薬王院温泉寺の基礎を築いたと言われる明覚上人により、七堂伽藍が建立され、  町は大いに賑わったとされる。
 
 戦国時代には、永禄八年(1565)5月に、傷を負った明智光秀が湯治のため、  10日間にわたって山代温泉に滞在したと伝えられている。

 光秀をはじめとした京の都の人々までもが山代の温泉を知り、  全国から人が集まったといわれている。

 明治時代には多くの文化人に愛され、詩人の与謝野晶子は、  「山代の いで湯に遊ぶ 楽しさは たとえて言えば 古九谷の青」と詠み、  泉鏡花は、「夢もおぼろな山代温泉」という言葉を記した。  食の世界・陶芸の世界でその名を知られる北大路呂魯山人もこの地を愛した。

 戦後は、北陸本線の電化、北陸自動車道の開通に伴い、関西の奥座敷として発展した。  年間250万人以上の人が訪れ、同時に日本有数の歓楽街も発達した。

 1980年代からは客足が次第に鈍り、最盛期には50軒以上を数えた宿泊施設はほぼ半減し、 県内トップだった宿泊客数も、能登にある和倉温泉にその座を奪われてしまった。
 現在は、文化や歴史的価値を重点に置き、歴史的な温泉として、歓楽温泉のイメージ脱 却を目指している。



point-3山代温泉の所在地


山代温泉の所在地

石川県加賀市



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